瞑想したら世界が変わった

座禅を生活に取り入れてます。仕事に活かせるマインドフルネスをお届けします

いいかげんバカになればいい!

f:id:kuriedits:20180615210309j:plain

今日は法話会に参加してきました。毎年開催されている、いろいろな和尚さんの”深イイ話”が聞けるイベントです。去年も行ってブログに書いてました。あれからもう1年ですか、早いなあ。

zennote.hatenablog.com

東京の寺で住職を務める50歳代の和尚さんの物語がとても興味深かったですね。

その和尚さんは昔、私がいつも通っている座禅会の老師の下で「臘八大摂心(ろうはつおおぜっしん)」という修行をしたことがあるそうです。

臘八大摂心は最も厳しい修行の一つで、8日間に渡ってひたすら座禅を組みます。休憩と称して横になることは許されません。眠くもなります、腰も痛くなります。そこで警策といって木の棒で背中をバシーンバシーンと叩かれます。何度も何度も叩かれるので、棒はやがて手元で折れます。

臘八大摂心が終わるころには、折れた警策が何十本と出来上がるそうです。

和尚さんが臘八大摂心を終えたとき、老師は折れた一つの警策に「放下著」と書いて、それを渡したそうです。

和尚さんが「放下著ってどういう意味だろう?」と思って調べると、これは「放り投げてしまいなさい!」という意味だったそうです。

放下著という言葉には次のエピソードがあります。昔、ある修行僧が修行の末に煩悩妄想を一切なくし、師匠に「私は煩悩などすべてなくしました。なにも持っていません。このあと何の修行をしたらいいでしょうか」と得意げに言いました。それに対して師匠が「放下著」と答えました。僧は意味がわからないでいると、師匠は「おまえさん、『なにもない』というのがそんなに大事なら、その大事なものを担いで帰りなさい」と言いました。そこで修行僧はやっと自分がまだ『持っている』ことに気づいた・・・という話です。

生きていれば全てを捨て去ることはなかなかむずかしいでしょう。もっていても、もっていなくてもいい。ただ、その執着はできれば捨て去ったほうがいいということ。和尚さんはそう言いました。

かつて修業の身だった和尚さんは老師の前で良い格好しよう、気に入られようと、そんなことに考えを巡らしていたそうです。すると、そんな心を見透かしたように、あるとき老師から「いいかげん、バカになりなさい!」と怒られたそうです。

老師がしたためた「放下著」には「放り捨てて、バカになりなさい」というメッセージが込められていたのかもしれません。