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地球1周分を歩き、飲まず食わず、寝ず、横にならずを9日間。荒行を綴った『千日回峰行を生きる』

比叡山の特別な修行

比叡山に泊まった際にホテルで購入した本。千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)という特別な修行をした僧侶の著書です。久々に読み返したら、最初に読んだ時よりも味わい深かったです。

千日回峰行を生きる

千日回峰行を生きる

 

失敗したら腹を切る

千日回峰行比叡山に古くから伝わる、非常にエグい修行の一つです。本書から引きます

基本的に一年間に百日―二百日の年もありますが―、比叡山を巡拝する。それを積み重ねて、千日に至る行です。

千日で歩く距離は地球1周分にもなるとか。その上、千日回峰行には掟があり、修行を諦めた者は切腹をしなくてはいけないそうです。やばくないですか?

ただ歩くのではなく、日常の生活を続けながら毎日歩きます。著者は夜の8時に寝て、深夜12時に起き、2時間ほどお勤め(お経を唱える)をして、それから素足にワラジを履き夜通し6時間ほど歩いてお参りをして、朝の8時ころに戻り、あとは住職として身の回りのことや、寺の仕事をしていたそうです。つまり、毎年100日間は連続して睡眠時間が4時間半になります。血尿が出る人もいるそうです。

飲食禁止、寝ることも許されない9日間

これだけでも大変なことだと思うんですけど、さらにすごいのが、700日を超えたあとに行う「堂入り」です。

700日が終わった当日から9日間、お堂に籠って9日間、断食、断水、不眠、不臥(横にならない)で不動明王にお祈りします。堂内で不動明王真言を10万篇唱えます。お堂の外に出られるのは、毎日午前二時にお供えする水を運ぶために井戸に行くときだけ。

死ぬんじゃない?と思うんですけど、まさに死と隣り合わせの修行となります。

5日目からうがいをすることが許されるそうです。ただ、そこで水を飲まないように、同じ容器の器が二つあって、一方の器から水を口にふくみもう一方から吐き出します。量が変わっていないかで、水を飲んでいないことを確認されます。

トイレは行けますが、飲まず食わずで体力がないので、助僧に手伝ってもらいます。著者は大便は1回だけ、小便は最後のほうは1日1回だけだったそうです。

睡眠欲は3日目くらいからなくなります。そのため、修行の最後の方は意識がもうろうとするどころか、逆に冴えて研ぎ澄まされるそうです。実際、普段は聞こえない、琵琶湖の淵の大津京駅のアナウンスや電車の通過する音が聞こえてきたとか。私、大津京駅を利用したことありますが、比叡山からめちゃくちゃ離れてますよ。

生きることを否定する

仏僧の荒行は、すごいなあとしかいいようがありません。生きることを一度否定することで、生きることがラクになるのかもしれません。さいごに、印象的な一文を引用します。

堂入りも、生きることを否定するわけですから、つまり思うことや考えることを否定しないといけないわけです。思いや考えが頭の中に湧いて出てくることは一種の誘惑なので、それを消していくようなかたちでいかないといけない。ちょっと分かりにくい表現になっているかもしれませんが、わたしの中では、パソコンのデリート・ボタンを押すような感じというか、もう何かあったらパーン、何かあったらパーンと、消していくような感じでやっていました。そういう鍛練ということではないですが、堂入りを通じて、経験を積ませていただいたので、それを考えたら、次の日に持ち越さないというのは、それほど難しいことではないように思います。

 

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