てらがよい日記

お寺という名の異世界に通って感じたこと

ある料理店の食器たち

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私の行く寺町には、食器屋がたくさんあります。長崎の波佐見焼、金沢の九谷焼、岡山の備前焼といった、全国各地の有名な焼き物から、私はあまり知らない、でもその界隈ではおそらく名の知られているのであろう個人作家の、ちょっと変わった形や、今風のイラストのついた現代的な作品まで、様々なうつわが売られています。それどころか、老舗の和菓子屋でさえ、魯山人の陶芸作品の展覧会を催していたりするほど、どういうわけか、この町はうつわに溢れています。一体、寺と、うつわにどんな関係があるのだろう。私にはよくわからないけれど、ただ、私自身、うつわに興味を持ち始めたのは、座禅を始めてからだったから、きっと、禅の精神と、うつわの美意識には、どこか細い糸で繋がる一点があるのではないかと感じています。

凍てつく空気が頬をチクチクと刺すようになった12月のある夜、家族でレストランを予約して行きました。忘年会。日は暮れて、街の光の届かない、山に挟まれた真っ暗な道の、そのまた脇道の先にひっそりと立つ一軒家のフレンチレストランです。単身欧州に渡り、2カ国で料理を学び、その後、日本で欧州大使館の総料理長を務めた敏腕シェフが、この、都会からはずいぶんと離れた、きらびやかさとはまるで縁のない場所にこもり、腕一本、一人でフレンチ料理を作り続けているお店。店を彩る勇ましい物語が、私の心をくすぐって、シェフの腕も間違いないということで、妻も私も記念日などの食事会には、まず候補に名前の上るお店の一つです。

でも、こんな風に言うのはとても奇妙なことだと自分でも思うのだけど、シェフの物語や、食事の味を以上に、私をわくわくさせるのは、このお店で出会う数々の食器たちです。まるで美術館だ。初めて店を訪れた時に思った気持ちは、その後、何度か通った今では、物語の結末がわかっているのに繰り返し見てしまう映画や劇のように、私を何度も非日常へ連れていってくれます。

物語の始まりはいつも決まっています。白いテーブルクロスの敷かれた席に着くと、まず、テーブルの上に置かれた直径30センチほどの大きな皿が迎えてくれます。プレイスプレートあるいはショープレートなどと呼ばれるこの皿は、西洋料理のテーブルマナーに基づくおもてなしの一つで、皿をあらかじめ置いて客が座る位置を決めるという実用的な目的を持つだけではなく、見る人の目も楽しませるために装飾に優れた皿が用いられます。このレストランの場合は、真っ白な陶器に、単色の、茎ついた大きな花の絵が、荒々しく描かれていて、私はこれを見るたびに、まるで壮大なドラマの映画のオープニングを観るような気持ちになり、胸が踊りだします。

料理の前に飲み物を注文すると、このプレイスプレートは下げられ、そこからコース料理が始まります。アミューズ、前菜、スープ、メイン、デザートと一通りの料理を彩る皿は、全てデザインが異なります。私が一番気に入っているのはスープ皿で、プレイスプレートくらい大きな円形の、その真ん中の一部分だけがくぼんでスープが入っていて、その周りのまるで泡のような丸く小さな無数のくぼみが、スープに浮かんだ微かな泡立ちとあいまって、まるで皿全体が泡に包まれているかのようになっています。

ナイフ、フォーク、スプーンなどの、カトラリーと呼ばれる食器たちも個性的です。アミューズに使われる、黒い柄から伸びた先に美しい曲線の円を備えたポルトガルのブランド、クチポールのスプーン、メインディッシュ用に入れ替えられた蜂の飾りが特徴のフランスはライヨールのフォークとナイフ、よそでは見たことのない柄がクネクネと曲がったデザート用スプーン。他にも、名前の知らないブランドのカトラリーが、ドラマを彩る役者たちのように次々と登場します。

フランス中部の町、ティエールで生まれたライヨールのカトラリーを私が初めて見たのも、このレストランでした。日本でも人気で、ショッピングモールなどでは時々見かけるこのフランスの伝統的な工房の作品の特徴が、柄の部分にある銀色のマルハナバチであることも、ライヨールという名前さえも知らなかった私は、まず、握りやすさ、持ちやすさに感動して、シェフだったか、あるいはシェフの家族と見られる女性フタッフに、思わず打ち明けたことがありました。このセミの印がついたユニークなフォーク、これはすごくいいですね。「それはセミではなくて蜂なんですよ、実は私もずっとセミだと思っていましたけど」。そうなんだ、これ、蜂なんだ。

何度も利用したことのある私にとっては、やや見慣れてきた食器たちではあるけれど、新しい食器が登場することもあります。あるとき、見たことのない食器が運ばれてきて、これは初めてだ、と興奮して、先述の女性スタッフに尋ねました。これ、以前はありませんでしたよね。「これは最近買ったんです、ちょっと安くなっていたので。ふふふ」。

店のウェブサイトでは、食器へのこだわりは触れていません。魅惑の役者たちの仕掛け人は、シェフなのか、あるいは家族なのか。今度聞いてみようと思っています。

料理は舌で楽しむものだけど、目で食器を楽しむ場所でもあるということを、私はこの店で教えてもらったように思います。