座禅したら世界が変わった

座禅ビギナー。座禅をしたら世界が変わって見えました。

仏はトイレットペーパー?

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座禅が終わったら、外は真っ暗でした。

座禅中には、ぷ~んと何かが飛んできました。

暑さが和らいで蚊が姿を現し始めたのです。

夏、終了。

 

さて、今日の座禅会は、

「無門関 第二十一則『雲門屎厥』」

という話を取り上げました。

屎厥(しけつ)というのは、

トイレで尻を拭う”糞かきへら”

のことだそうです。

いまでいえば、

トイレットペーパーみたいなものですね。

 

 

今から1100年ほど前、

中国は唐の時代の、

雲門(ウンモン)という名の位の高い僧が、

仏(悟り)とは何かと質問されて、

「糞かきへら(屎厥)だ」

と答えたそうです。

それを今から800年ほど前の、

宋の時代の

無門慧開(ムモンエカイ)という僧が

「雲門和尚の例えはヒドイ!」

とぼやくという話でした。

 

うーん、なにがいいたいのか?

仏とか悟りは特別なものではないですよ、

ということなのかもしれません。

でも、わざわざ後世に残す

エピソードでもない気がするのですけど。

 

寺をあとにして歩いてると、

三味線の音が聞こえてきまして、

その音に誘われて

神社へ続く小道に入ると

なんと日本舞踊が披露されていました。

日本舞踊って演者の姿勢や体の動かし方が

すごくきれいですね。

冒頭の写真が舞台です。

アマゾンで買える僧の掃除着が珍百景

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今日は風邪気味だったので座禅を休みました。

さて、今日は「作務(さむ)」について書きます。

 

作務とは、禅におけるお掃除のことです。

お掃除だけでなく畑仕事も指すようですが、

それはさておき、

禅に置いて掃除という行為はとても

大切です。僧は毎朝掃除をしています。

 

作務を行う時の服を「作務衣(さむえ)」といいます。

どんな服か、ご覧にいれましょう。

 

この作務衣という代物、

お世辞にいっても、

カッコイイとはいえない服装ですが、

5000円~1万円が相場のようです。

高~い!!

 

ていうか、

これって甚平と一緒じゃんと

思ったあなた、

そうではありません。

作務衣は僧侶の作業着、

甚平は庶民のくつろぎ着です。

さらに作りも異なります。

作務衣は長袖&長ズボン、

甚平は袖もズボンもちょっと短め

なのです。

 

さて、そんな作務衣には、

綿、麻、綿麻混合といった

素材のちがいがあるようですが、

それだけではないようです。

 

ここでは、

代表的な作務衣のランナップを

紹介していきます。

まずはこちらから。

 「メンズ 洗える作務衣」(3500円)

 洗えない作務衣があるんでしょうか・・・。

ポリエステル製でシワになりにくいそうです。

 

次にこちら、「洗える作務衣 刺子柄」(3900円)

柄のついた綿100%の作務衣です。

洒落っ気が出ています。

それはいいんですけど、

このモデルのポーズはなんですかね。

チンピラですか。

 

続いてこちら「2色切り替え作務衣」(4500円)

 アマゾンのカスタマーレビューによると、

購入者は

「場所によっては居酒屋の店員に間違われました」

そうです。

ええ、そうでしょうよ。

 

最後は高級作務衣で締めくくります。

「正絹袖作務衣」(78840円)

職人が丁寧な縫製で丹念に作り上げた、

絹100%の作務衣だそうです。

7800円ではありません。

7万8000円です。

 

 アマゾンで検索しているうちに

なんだか一着

ほしくなってきました。

でも、

これからの季節は寒そうですねぇ。

 

参考

作務衣と甚平の違い 【和粋庵】作務衣・甚平ショップ - 日本製/伊田繊維株式会社


早朝6時の座禅会はクセになる

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今日は早朝の座禅会に参加しました。

朝6時から座禅が始まるので、

家を5時過ぎに出ます。

参加者はいつも10人くらい。

老若男女問わず、といった感じです。

海外の人もいます。

 

早朝の座禅は、

それはもう気持ちいいものです。

朝日がキレイですし、

空気は涼しいですし、

背筋がシャキーンと伸びます。

すがすがしい気持ちで

1日を迎えられます(会社休みですし)。

ぼく早起きは大の苦手なんですが、

その気持ちよさがクセになって

時々この早朝座禅会に参加しています。

 

座禅を済ませたあとは、

そのまま帰宅するか

カフェでモーニングをとります。

今日は一駅歩いて、

お気に入りのカフェで

モーニングをとろうと

ゆるゆる歩いていたら

いきなりの霧雨。

濡れながらカフェにかけこみました。

ご飯を食べ終わり、

どんどんひどくなる雨を眺めながら

今この記事を書いてます。

「正面を向く」ことの難しさ

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うだるような暑さの中、

蓮の花が咲いていました。

今回は30分間強の座禅でした。

集中できたおかげで、

驚くほどあっという間に終わりました。

ひとつ、座禅のコツを掴んだ気がします。

それは、顔の向きと視線です。

 

座禅の姿勢は、正面を向き、

少し顎を引いて、

頭の頂点から糸を天に向かって

ピーンと吊るすような

イメージで背筋を伸ばすことです。

目は「半眼(はんがん)」といって、

薄目にします。

そして、自分が座る1メートル手前の

畳に視線を落とします。

 

簡単に聞こえるかもしれませんが

正面を向きながら

視線を1メートル先の畳に落とすというのは、

やってみると意外と難しいものです。

正面を向くことばかりに意識を向けると、

視線も前を向いてしまいます。

逆に、視線を畳に落とすことに夢中になると、

顔がだんだん前かがみになります。

そうなると体の軸がぶれて、

呼吸が浅くなります。

 

ぼくは数か月前から

視線を畳から外さないことが集中するコツだ

と思いながらやっていましたが、

正面を向くことはあまり意識しませんでした。

ところが今回、正面を向くことの

大切さを知る機会を偶然に得ました。

 

今回の座禅会は、ぼくは遅刻ギリギリに

参加したために、いつもとは異なる場所に

座ることになりました。

そこは、

真正面に寺の金色に光る門が見える位置でした。

座禅が始まり、

その立派な金門を眺めていたときに

ハッと気付いたのです。

ああ、これが正面を向くということだ。

今まで自分は正面をちゃんと向いていただろうか。

 

金門にしっかりと顔を向けながら(正面を向く)

視線を床に落とす。

床に意識が行き過ぎで、

顔が金門と平行にならなくなったら、

身体が前に傾いているサインです。

 

こうして金門を目印にすることで

正しい姿勢を維持でき、

30分間集中することができました。

 

正面を向く。

ただこれだけのことが、

これほど難しいとは。

 

自分以外のものを頼りにすることで

初めて気づきを得ることができました。

 

人生に通じるところがあるなと

ひとりごちしました。

猛暑に呟く名句「心頭滅却すれば火もまた涼し」は誤解されている

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久しぶりの座禅。写真では伝わりませんが、3週間ぶりに見た蓮が、あちこちの瓶からすごい勢いで成長してました。

zennote.hatenablog.com

 

今日は猛暑とはいわないまでも、そこそこ暑めの一日。汗がじとっとでてきます。

老師が欠席で、代わりの僧がこんな話をしてくれました。

 

心頭滅却すれば火もまた涼し』という有名な言葉があります。

甲州(山梨)の僧が織田信長の焼打ちにあった時に言った言葉と伝えられていますが、

もともとは中国の言葉

「滅却心頭火自涼(心頭を滅却すれば火もおのずから涼し)」

からきています。

そして、実はこの中国の言葉の前には

「安禅不必須山水(安禅は必ずしも山水をもちいず)」

という言葉が付いているのです。

座禅というのは、山や水の音が聞こえるような

静かで気持ちのよい場所で行う必要はない。

暑く厳しい環境であっても、座禅に集中することはできる。

そういう意味だそうです。

 

ぼくは「心頭~」の名句はてっきり日本の僧の言葉だと思っていたので、

中国由来の禅語であることにとても驚きました。

さらに、ある禅宗のサイトによると、

「火もまた涼し」の”涼し”とは、

火が涼しいのではなく、熱さをそのまま受け入れる境地を

「涼し」と表現しているそうです。

”ありのまま”を受け入れるのが座禅の要諦だからです。

 

ぼくが幼い頃、夏になると父がよくこの言葉を口にしてました。

「気分次第で火も涼しく感じる」という意味だと思っていました。

どうやらこれも誤解だったようです。

この夏、墓前で父に教えようと思います。

 

参考:禅語「安禅不必須山水 滅却心頭火自涼」: 臨済・黄檗 禅の公式サイト

心配で仕事に集中できない時の「而今」

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写真は7月。

今日は近所の書店で座禅関係の本をパラパラめくっていたら、

而今(にこん)」という禅語が紹介されていました。

過去でも未来でもなく、「今」に集中するという意味だそうです。

 

座禅をするときに、老師から似たようなことをよくいわれます。

仕事をしている最中に、ふと別の案件や心配事が気になって、

目の前の課題に集中できなくなることってありませんか?

そんなときに、この「而今」を思い出してみてはいかがでしょうか。

 

以前、座禅会の参加者が、

「座禅中に鳥の声や風がとても心地良く、『ああ、気持ちいいなあ』と思ったりするのですが、これでいいのでしょうか」

と老師に訊ねたことがあります。老師は言いました。

「鳥がチュンチュンと鳴けば『ああ、鳥がチュンチュンと鳴いたな』と。風が吹けば『風が吹いたな』と。それだけでいいんです」

 

「物事を解釈せずに、そのまま受け入れろ」

ってことなのだと思います。

鳥のさえずりを聞いて「もう夏だな~」とか、

風を感じて「今日は涼しいな~」とか、

そういう気持ちは、今この瞬間に集中する上では不要です。

 

心配事があって仕事に集中できないときは、

「自分には心配事があるんだな」と受け入れながら、

それ以上は考えないようにしたいですね。

 

ところで、而今という言葉を知ったとき、

ひょっとしてカメラメーカーの「NIkon」は、

ひょっとするとこの禅語が由来じゃないかとググってみましたが、

残念ながら関係はありませんでした。

Nikon | 投資家情報 | よくあるご質問

雑念が消え、集中力が高まる心身鍛練法「数息観」

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写真は6月某日、某所。

今日は風邪を引いて座禅に参加できなかったので、

自宅で15分間だけ行いました。

家で座禅をすると、生活音とかが気になって、

なかなか集中ができないんですね。

 

そんなときに、集中力を高める方法があります。

座禅をしながら、自分の呼吸を数えるというものです。

息を吸って、吐いて、その動作そのものに集中しながら、

呼吸数を「いーち、にー、さーん」と数えるのです。

これを「数息観(すうそくかん)」といいます。

 

個人的には、呼吸数を数えるよりも、

吸って吐く動作のなかで肺が膨らんだり筋肉が動いたり、

そういう自分の体の動きに集中しながらやると、

自然と雑念が消えるように思います。

そうして、だんだん、呼吸という動作そのものが、

すごく気持ちのいいものに感じてきます。

そうすると、時間があっという間に過ぎていきます。

集中できている証拠だと思います。

 

今回、15分間はあっという間でした。