座禅したら世界が変わった

座禅を生活に取り入れてます。仕事に活かせるマインドフルネスをお届けします

異国の仏僧の服はなぜ黄色いのか?

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黄色い袈裟を着た4人の異国人たちが、お寺の境内を歩いていました。珍しい光景におもわず手元のカメラでパシャリ。アジアの方々だと思われます。

ふつう、お坊さんが着ている服の色といえば、葬式などで見る黒の袈裟がほとんどですよね。黄色い袈裟を日本で見ることはあまりありません。でも、実は彼らが着ていたような、ややくすんだ色の袈裟こそが、仏教の創始者である釈迦(ブッダ)が着ていたとされる衣であることは、あまり知られていない話かもしれません。

なぜ彼らの衣は黄色だと思いますか?一説によるとこれは”汚れを表した色”だといいます。糞や塵のような汚いものまみれになっている。この衣のことを「糞掃衣(ふんぞうえ)」と呼びます。糞掃衣とは汚れにまみれたボロ布を集めて作られた袈裟のことです。海外では、仏教発祥のインドにしろ、仏教大国であるタイにしろ、黄色い袈裟の仏僧がいます。いまから700~800年前に道元という日本の偉い仏僧が著した『正法眼蔵』という本でも、これこそが最上の袈裟であると記されています。今日の日本のお坊さんが着ているような豪華できらびやかな袈裟は、本来であれば仏教の常識からかけ離れたものなのです(それゆえ批判の対象になることもあります)。

釈迦(ブッダ)といえば、小中学生のころに読んだ手塚治虫の漫画「ブッダ」を思い出します。釈迦族の王子という恵まれた出自でありながら、人生に苦悩し地に這いつくばるような泥臭い主人公だったように思います。そういえば、着ている衣も黄色だったような・・・。と思ってアマゾン検索で表紙のカラー絵を確認しました。

緑でした。

えーっと、塵や汚れにまみれたボロ布から作るのが糞掃衣なので、黄色とは限らないのかもしれません。

ブッダ 11

ブッダ 11

 

今日の日中座禅は、たまたま海外の糞掃衣を見たあとで「こりゃブログのネタにできるぞ、ぐふふ」と煩悩だらけだったせいか1ミリも集中できませんでした。修業が足りません。

 

 

参考

http://publications.nichibun.ac.jp/region/d/NSH/series/symp/2011-03-25/s001/s008/pdf/article.pdf

糞掃衣・ふんぞうえ

日中座禅は難しいけど、困った時の集中法「数息観」の効果は抜群だった

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遅くなりましたが明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

さて、今年一発目となる寺での座禅は、いつもとはちょっとちがいました。座禅といえば夕方の座禅会に参加していたのですが、実は寺では日中も座禅できることがわかりました。もちろん老師の法話や、警策(棒)で叩いてもらうことはないものの、自由に座禅してよいスペースがあるというのです。

というわけで、今日は日中から一人で寺で座禅してきました。ただ、これがなかなか、むつかしかった。タイマーを30分間にセットして、足を組んでスタート。すぐにいつもとは様子が異なることに気づきました。夕暮れ時の静かな座禅会場とはうってかわって、周囲で観光客の歩く音、物音、ヒソヒソ声が耳に入ってきます。日差しも容赦なく差し込みます。眩しい。そのくせ、空気はしっかり寒い。集中できん!!

こりゃまずいと思い、「数息観(すうそくかん)」を始めました。「数息観」とは座禅をしながら心の中で呼吸をするたびに、1,2,3・・・と数える、集中するための方法です。数を数えることだけを考え、他のことを心から消すのです。簡単そうに聞こえますが、これは結構できないものです。気が付くと数え忘れていて、あれ?いまいくつまで数えたっけ?ということが多々あります。ぼくはいままで、30くらいまでしか数えられたことがありません。

ところが今日は、初めて本気で数を数えました。そうでもしないと、とても集中できなかったからです。途中、数え忘れもありましたが、最終的には120までいきました。いいかんじで座禅に集中できました。正直、数息観の効果に驚きです。独りで30分間は長いかなと、やる前は不安でしたが、案外、あっという間でした。これなら40分間もできそうです。

また日中に行きたいなあと思います。

 

余談ですが、いままでiphoneで撮影していたところを、今日はデジタル一眼のカメラを持っていきました。せっかくブログにアップするのなら、なるべく写真を撮りたいと思う今日この頃です。

2017年、仕事を支えてくれたのは座禅でした

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2017年最後の座禅会です。世間は年末年始に入っているようです。家族連れの参加者が目立ちました。初心者が多いために座禅も30分弱といつもよりも短時間で終わりました。

講和の題材は無門関 第44則「芭蕉拄杖(ばしょうしゅじょう)」でした。拄杖(しゅじょう)とは手杖とも書きます。ようするに、お坊さんが修行で行脚する際に使う杖(つえ)です。アマゾンで検索しても出てきませんでした。アマゾンでも売っていないものがあるんですね。

 

さて、今年1年は、座禅のお世話になりっぱなしでした。10月から始めた朝のベランダでの座禅はほぼ日課となっています。たった数分間の座禅ですが、やるとやらないとでは、仕事のパフォーマンスが大違いです。

zennote.hatenablog.com

それから、家着が作務衣になりました。今は寒いので、ユニクロの肌着とロングティーシャツを下に着て、その上から羽織っています。これでちょうどいいですね。

zennote.hatenablog.com

旅行先は寺巡りが増えました。人生初の宿坊(寺に泊まること)も体験しました。旅行の楽しみが一つ増えたかんじです。

旅行先の一つ、比叡山で購入した般若心経を時々読んでいます。これ、いい発声練習になります。仕事にいかせると思いまして、こんな本も買いました。

ビジネスがうまくいく発声法

ビジネスがうまくいく発声法

 

いつも参加している座禅会は、おしまいに短いお経を唱えます。今日はいままでで一番声が出ていたと思います。音程とリズムがうまくだせたなあと。ちょっと自分でもびっくりしました。

最近は禅とか仏教の本をよく読んでいます。こちらは思考のトレーニングになります。いますぐ仕事のマネジメントなどに活かせるというよりは、出来事の意味付けをする際に役立つと思います。

ぼくは特定の宗教に属していません。座禅は宗教性から切り離して実践ができます。世界中の経営者やリーダーたちが禅に興味を持つ理由のひとつがここにあるのではないでしょうか。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

デザインを変えました

ブログのデザインを変えました。タイトルも変えようと思います。読みやすく、実用的な内容でありたいと思います。宗教とかスピリチュアルとか苦手な人にこそ座禅をお勧めしたいのです。仕事が大変な人にこそ試してほしい。座禅は身体的なものだから。

とくとご覧あれ!お坊さんが鳴らす和太鼓の華麗なる手捌き

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こんにちは。

突然ですが、みなさんは寺でお坊さんが叩く太鼓の音を聞いたことはありますか?

まずはこちらの仏僧による華麗なる太鼓さばきをごらんください。

どうですか。しびれますなあ。

今年、奈良県長谷寺というお寺に行きまして、

朝7時から”勤行(ごんぎょう)”という

仏の前で経典を唱える日課に参加しました。

この寺では、読経しながら太鼓を叩きます。

袈裟を着た坊さんが、太鼓をばっちんばっちん

強打するのですけど、これが速いのなんの。

太鼓の達人もきっとうまいんだろうな・・・。

www.hasedera.or.jp

奈良県長谷寺真言宗という宗教でして、

その中でも””豊山派”とよばれる一派に属してまして、

真言宗豊山派の総本山になっています。

冒頭のユーチューブ動画は、豊山派東谷寺の法学太鼓です。

太鼓は豊山派の特長なのでしょうか。

動画では太鼓以外にキンキンと高い音も聞こえてきます。

鐘(かね)と呼ばれる和楽器なのかなと推測します。

じつはぼくは、社会人になってから趣味で日本の伝統ダンスを行う

地域コミュニティに参加していた時期がありまして、

そこで先輩たちがよく和太鼓、鐘を鳴らしてましたので、

寺の鐘も和太鼓も懐かしさを覚えます。

早朝座禅に現れる謎の金髪美女2人組

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今日は4時50分に起きて、

久しぶりに早朝の座禅に行ってきました。

いい感じで集中できました。

 

6時から始まった座禅では

最初はお堂が暗かったのですが、

20分、30分経つと

日が昇り始めて堂内が少し明るくなり、

格子窓の向こうに紅葉が

見えてくるようになりました。

空気も気持ちいい。

 

ところでこの早朝座禅会ですが、

いつも謎の二人組の女性が参加しています。

外国の人です。

肌の白い金髪の美人です。それも結構な美人です。

20代前半くらいでしょうか。

顔つきは米国人ではなく、ロシアか、北欧か。

細身でスタイル抜群です。

 

手元の記録によると、

ぼくがこの早朝座禅会に初めて参加したのは

2016年10月27日。

その時は2人ともいなかったのですが、

たしか2回目参加した今年から、

この二人組を見かけるようになりました。

 

それだけではありません。

驚くことに、どうやらこの二人は

この寺で修行をしているようなのです。

座禅が終わると寺の敷地内の

どこかへ消えていきます。

若い僧は気になってしょうがないんじゃ

ないでしょうか。

何者なのか。どういう経緯でここにいるのか。

気になります。

「年をとったな。口が臭くて、恥をさらしてる」と言って褒める

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今日の座禅会の法話は、いままでで1位2位を争うおもしろさでした。題材は「無門関 第34則『智不是道』」。その内容を紹介します。

無門関 (岩波文庫)

無門関 (岩波文庫)

 

 

「智不是道」はすごく短いお話です。あるとき、南泉という偉い和尚がこう言いました。「心は仏ではない。智は道ではない」。それに対して、無門という和尚がこう言いました。「南泉和尚ともあろう人が、年をとって恥がわからなくなったのか。臭い口をして、恥を晒している」。

なんだこのヒドイ話は!

老師が説明するところによると、南泉和尚が言う「心は仏ではない。智は道ではない」

というのは、仏教の一般常識とは異なる考えたなのだそうです。心は仏、智は道。これが仏教。だのに、南泉和尚はそうではないという。そこで、無門和尚が、もうろくしたな!この恥さらし!とでもいうような暴言を吐いているわけです。

 

無門和尚は1183年~1260年まで生きた中国の偉い禅僧です。公案集「無門関」は、この無門和尚と古今の禅僧の間の問答をまとめたものだそうです。こんな話が禅宗の教科書として今に残っているなんてかなり驚きです。

 

でも、今日ぼくが一番驚いたのは老師の口から出た次の言葉でした。「これは、無門和尚は南泉和尚を大変に褒めているということです」。なんで!!!!?実は無門和尚の「恥さらし」発言には、次の続きがあります。「しかし、そうはいっても南泉和尚のこの言葉の意味を理解できる人は少ない」。これで褒めているそうです。

そうなの?ほんと?なにゆえ?

もうわけがわかりません。