座禅したら世界が変わった

座禅ビギナー。座禅をしたら世界が変わって見えました。

「苦しみ」とは「自分の思い通りにならないこと」である

f:id:kuriedits:20170705214056j:plain

 

6月中旬の紫陽花(アジサイ)です。

この日は複数の寺の住職が集まり、一般向けに短い説法を行うイベントがありました。印象に残った話を紹介します。

 

「苦(苦しみ)」とは一体何でしょうか。

仏教では、苦とは”自分の思い通りにならないもののこと”と考えます。

その思い通りにならないもののお陰で、この今の自分があるのです。

兄がいるから弟になれる。

妻がいるから夫になれる。

部下がいるから上司になれる。

他のおかげで自分がある。だから、”お陰様”の心を持つことが大事ということです。

 

心にしみました。「苦」の定義が簡にして要ですし、他人がいるから自分があるというのも、なるほどその通りです。

ぼくは会社で20名弱の社員をまとめる”上司”という立場にいます。苦労すること、嫌なこと、たくさんあります。ですけど、彼らが部下でいてくれるからこそ、ぼくは上司という役割と職権と、貴重な経験を与えられているわけです。

部下がいるから上司でいられる。なんともありがたいことだなと思いました。

弟子が師匠を殴る仏教のお話

f:id:kuriedits:20170701003711j:plain

 

先週の座禅はとても気持ちよく行うことができました。終わったあとに身も心もスッキリしました。座禅をやっててよかったなと思う瞬間です。

 

さて、この日の題材は「無門関第二則 百丈野狐(ひゃくじょうやこ)」。寺の住職が狐に変わってしまうというお話です。ある住職が因果を理解せずに誤った事を口にしたため狐になってしまったのです。

修行を重ねたからといって因果からは逃れられないという話でした。

 

さて、この「百丈野狐」という話は、百丈(ひゃくじょう)という偉い仏僧が主人公で、前半は教訓めいたおとぎ話だったのですが、後半に衝撃的な展開が待っていました。

黄檗(おうばく)という名の弟子が登場します。この黄檗が、師匠である百丈(ひゃくじょう)に「狐になってしまった住職は、なんと答えればよかったのでしょうか?」と質問をします。そこで、百丈は「よし教えてやろう。前に来い」と言う。そして何かを説く展開かと思いきや・・・・なんと弟子の黄檗は前に出た途端に師匠・百丈の顔をぶん殴るのです(グーかパーかは知りません)。予想もしない展開。これだけでも驚くのですが、さらに驚愕なことに、殴られた百丈が、怒るどころか大笑いするのです。それで、この話が終わります。わけわかりません。

 

老師はまじめにこの話をしていました。ぼくは笑いを堪えてました。ひょっとして、老師はからかって自作の小説でも語っていたんでしょうか?そうではないようですが、わけわかりません。

ダルマさんがいた「少林寺」のガッカリな今

f:id:kuriedits:20170630213224j:plain

蒸し暑い季節になりました。午前中が雨だったせいか、空気がむわっとしていました。寺に続く坂道を歩いて、到着する頃には汗がじっとりです。

今日の座禅は短めで20分くらいで終わってしまったので、消化不良でした。

老師が途中から参加して、法話の時間になりました。

鳥のさえずりは、いつの間にかカエルの鳴き声に変わっていました。ゲココゲコココ。耳を澄ましていると、お寺の鐘がゴーンと鳴り響きました

 

今日の題材は「『無門関』第四則 胡子無髭」です。内容はサッパリわかりませんでした。だいたいいつもそうです。

ただ、老師の話は大変おもしろかった。

題材にある「胡子(こす)」とは、ダルマ(達磨)さんを指すそうです。『ダルマさんが転んだ!』の、あのダルマさんです。

老師の話は、むかし、中国の「少林寺」に行ったときの思い出から始まりました。少林寺はダルマさんが座禅をしていた寺です。

老師が少林寺に初めて行ったとき、それはさびれた寺だったそうです。迎えに来た僧は、気の毒なほどやせほそっていました。これには理由があります。中国では1960年代から70年代にかけて起きた文化大革命によって、仏教儒教は政府から徹底的に弾圧されていました。中国の仏僧は受難の時代だったのです。

少林寺の僧は老師に寺の貴重品の一つを「5万円で買ってくれ」と持ちかけたそうです。それが持ち帰れないほど大きなものなので老師は断りましたが、唐の時代の大変貴重なものだったそうです。

 

そんな少林寺ですが、「少林拳」(ちなみに日本の少林寺拳法とは別物無関係)でいまではすっかり有名になり、寺の周りでは少林拳を売り物にする商売が盛んだそうです。

さて、気になってググって調べてみたところ、最近は僧侶が食べ物や記念品を販売しているようです。「行くとガッカリする観光地」として香港のメディアに取り上げられていました。寺といえど、俗物と関係を断つことはできないようです。

www.recordchina.co.jp

座禅体験のブログを書きます

2016年の秋から、お寺で週1回の座禅をしています。

何気なく始めたものの、すっかりはまってしまいました。

初心者が座禅を体験して得たこと、その魅力を書いていきます。

どうぞお付き合いください。