てらがよい日記

お寺という名の異世界に通って感じたこと

叫び声と共に咲いた「転読の花」

 

昼間は千を超える人が押し寄せる寺の境内も、その時間は静謐に包まれていました。

1月2日、午前6時、外気5度を下る。方丈の間の四隅のストーブが、なぐさめていどに部屋を温めているなか、木床に敷かれた赤い絨毯の上で20人ほどが、寒さを堪えてだるまのように背中を丸めてじっと座っていました。

年始の大般若経の転読会(てんどくえ)に初参加しました。ふだん私たちが耳にする経文のほとんどは、260字から成る「般若心経」というものですが、これは実は要約版。原典はインドから三蔵法師が持ち帰った「大般若経」と呼ばれる、全600巻の経典です。文字数にすると6億字を超える超大作なので、そのエッセンスをサマライズしたものが、普段使いの「般若心経」として普及しているわけです。

大般若経を読むのがこの年始の法要の目的ですが、さすがに600巻を読み上げることは途方もない。そこで、禅宗には「転読(てんどく)」という方法があります。経文を拾い読みしたり、転がしたりすることで、あらふしぎ、その経文すべてを読んだことになるのです!(いやそんなことある?)

そんな転読会。予定の時刻6時を15分ほど過ぎてから、僧たちが一斉に方丈に押し寄せました。ふだんは道場にこもって人目に触れることのない20代くらいのえらく若い僧たちもちらほら。

寺の長である管長が部屋の中央で経を読み上げ、管長を挟むようにして、我々一般参加者と数十名の僧たちが向かい合いじっと耳を傾けます。しばらくして、突然、向かいの僧たちが大きく叫び始めました。と、同時に、彼らの前に積み重ねられていた経典を高く掲げて、じゃばらをほどくように、束をバラバラと開きました。黄土色のジグザグの経典が、まるで一斉に花が咲いたように、目の前に広がりました。僧たちの叫び声はいよいよ大きくなり、ワーッとか、ウォーッとか、なにか呪を唱えているように聞こえます。中央に座する管長が、僧たちの2倍はある特大の経典を取り出して、滝のような勢いでジャバラを上から下へ流し、そののち転読会は30分ほどで終了しました。

すべてが終わると、数十人の僧たちはちりぢりに姿を消し、なにごともなかったかのような静けさが方丈に戻ってきました。 まるで、奇妙なひと夜の夢のような光景でした。

転読に触れることは、無病息災のご利益があるそうです。

 

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。